昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

主張

飽きの現象学 結

とりあえず、今回の飽き論はここで終了です。 飽きについてはちょっと前から考えていて、ちょくちょくメモしてました。今回はとりあえず今あるメモ書きをまとめたらすぐ終わるかなーと思って始めたけれど、書いてるうちにいろいろと考えがまとまったり変わっ…

飽きの現象学 3.4 飽きないもの――神、排泄等の低級欲、言語、依存。

ここもメモ程度。 ●神に祈ることに飽きてはならない。そして祈りは形式化してはならない。 ●楽しみに飽きた時、人は別の楽しみを探す。では、楽しむことに飽きると言うことは可能か?この点はよくわからない*1。 ●何度も述べたように、飽きない場合とは、も…

飽きの現象学 3.3 現代社会における飽き

●飽き飽きしている人間は、選択肢を多く抱え、様々な欲求を持つことが出来る時代にのみ現れる。彼らは、ある意味では幸福な世代である。飽き飽きという感覚は恵まれている者にしか感じることは出来ない。 ●選択肢のない奴隷、頭が凝り固まった偏屈な者、被支…

飽きの現象学 3.2 飽きは「芸術家は自分を深く見つめなさい」という言説を説明する。

●「アーティストは、回りに流されずに、自分をしっかり見つめることが大事だよ」としばしば言われる。(cf.リルケ『若き詩人への手紙』) ●これホント?自分をしっかり見つめても良い作品・認められる作品が作れるとは限らんのではないかね?自分の独りよが…

飽きの現象学 3.1 飽きは美術史における様式の変化を説明する。

●個人的な反応についてではなく、マクロな視点から飽きを考えてみると、様式の変化、流行の変化には飽きが介在していると言える。(もちろん最近の流行の変化は、むしろマスコミやファッション産業の意図が大いに絡んだ単なる営業戦略によるところが大きいが…

飽きの現象学 第三章 飽きの考察から見えてくるもの

最後に、いくつか思いついた論点を並べておく。 論旨の方向性はまだバラバラでまとまってない部分も多々あるが。 今後の議論の発展性も踏まえて。

飽きの現象学 2.5 飽きと作品の存在論に与える影響

●「飽きる」と「見なくなる」との違い。そのとき作品の存在論に違いは出るのか?また、飽きという認知的な要素が存在論に介入するなら、そのとき作品の存在論はどうなるだろうか?その存在論は非常にアドホックになるだろうか? ●たとえば、作品に飽きたとき…

飽きの現象学 2.4 飽きの効用?

●人は飽き続けるわけにもいかない。飽きへの気づきは次への運動を方向付けるだろうか?つまり、飽きは次への志向への促しとなるだろうか? ●はっきりいって、これはよくわからない。現象学的には、我々は飽きと次の志向とのつながりを見ることはおそらく不可…

飽きの現象学 2.3 飽きと反省との関係

●「というか別にこれ美的体験に限った話ではなく、志向的行為全般に言えることじゃね?」という突込みが来るかもしれない。確かに。その点だけ見ると、この両テーゼは、たいしたテーゼではない。 ●だが、このテーゼに「反省」という要素を加えて、もう少し美…

飽きの現象学 2.2 感性‐飽きの一体説 the Aesthetic-Boredom unit theory

●しかし、ここまで見てきたように志向性の観点からすれば、感動を終わらせるのが飽きである。この観点からすれば、美的体験を終了させるのは、なんらかの飽きだと言える(かなり弱い飽きであったとしても)。 ●感性的体験は必然的に飽きを伴う。感性的体験は…

飽きの現象学 2.1 感性‐飽きの二元論 the Aesthetic–Boredom dualism

●作品などによって心が動かされる体験を感性的体験とするならば、その対立概念は飽きである。 ●しばしば、「美」の対概念は「醜」だと言われてきた。しかし、これは「美」をひとつの美的カテゴリーとしてみる場合に限る。この場合「美」も「醜」も、どちらも…

飽きの現象学 第二章 飽きの美学

『飽きの現象学』第二章 飽きの美学 ●飽きについての考察は、美学における「美の永遠性」という考え方に異議をとなえる。永遠の美とは単に机上の空論であり、そのような美は存在しない。「飽きないもの」という美の定義は覆されるべきである。 ●また、芸術体…

飽きの現象学 1.5 時間的観点から――飽きへの落ち込みを捉えることは出来ない

飽きの現象学 1.5 時間的観点から――飽きへの落ち込みを捉えることは出来ない ●我々は飽きを様々な時間軸で考えることが出来る。「あの人の話にはもう飽きた」とは、毎日延々と聞かされて飽きている「状態」を指すときもあれば、長時間聞き続けたことによって…

飽きの現象学 1.4 意志の欠如――意志的に飽きることは出来ない

1.4意志の欠如――意志的に飽きることは出来ない ●飽きるのは意志的な振る舞いではない。我々は飽きようと思って飽きるのではない。 ●意志の欠如に関しては、美的体験にも言える。作品体験の没頭は意志的に行われるものではない。美的体験において、飽きるとは…

飽きの現象学 1.3追記

飽きの現象学 1.3 飽きと対象――飽きは志向的行為の終わり 追記 ●自己についての非措定的意識――自己(についての)意識consciense (de) soi*1――を考慮せねばならない。意識の志向がある外的なものに向かっていても、我々はそれと同時に非措定的なかたちで自己…

飽きの現象学 1.3 飽きと対象――飽きは志向的行為の終わり

1.3 飽きと対象――飽きは志向的行為の終わり。 ●「〜に飽きる」と「〜は飽きる」。我々は「飽き」について主にこの二つの言葉遣いをする。この「に」「は」の助詞の違いに注目して議論を進めたいが、ここでも参考になるのは西村の『遊びの現象学』である。 彼…

飽きの現象学 1.2 飽きは新奇情報の欠如――ロボット、飽きと価値

●心理学で言われる「馴化」とは、信号に対する慣れを意味する。これはインプットはあるがそれが自分に与える変化・進化・発展はゼロということである。だが、これは情報量がゼロということではない。作品鑑賞に飽きるときも、その作品からの信号がゼロになる…

飽きの現象学 1.1 「飽き」の言語的分析――飽き、慣れ、疲れ

『飽きの現象学』 第一章 飽きとは何か――飽きの分析1.1 「飽き」の言語的分析――飽き、慣れ、疲れ●まずは「飽き」という言葉の使われ方に注目してみよう。言葉の使われ方に注目するのは哲学的にはオーソドックスなやり方だけど、いくつかの基本的特徴を発見さ…

飽きの現象学 序

序 本論の目的は、飽きという側面から芸術体験を考察することにある。 飽きることについては、 心理学(?)においては「馴化」、 脳科学においては、「疲労硬貨」(脳を構成するニューロンが、同じ刺激に対して飽きるという現象)、 経済学においては、「限…

飽きの現象学

以前から(こことかに書いたように)、「美学は飽きという現象についてもうすこしきちんと考えるべきだ」というのが持論でしたが、もう、とりあえず自分で考えたいくつかのことをブログでぶちまけちゃおうかなと最近思いました。 もんもん考えても、特に発表…

ある作品が芸術であるかどうかに、倫理的なものはどう関係するのか?(追記アリ)

Chim↑Pomという芸術作家集団の作品についてちょっとした議論が起こっている。発端は広島の空に飛行機を使って「ピカッ」という文字を出したのが、広島の方々の反発を食らったという事件である。(註:これは完成作品ではなく、これを使って映像作品を作るの…

学会発表のスタイルについて

今回は発表形式について、考えたことを少し。僕の配布資料が二日目昼には全部なくなりました。いち早く。 これは、内容うんぬんよりも、原稿全文スタイルってのが大きいと思います。 学会発表の時に、全文渡すスタイルがいいのか、レジュメスタイルがいいの…

オルタナ音楽と音源との関係。飽きの美学。

accidentsの音源を聴きながら、ハードコア、オルタナ、アヴァンギャルドといわれる音楽群と、その音源との関係についていくつか考える。 音源は「聴き込む」という行為を可能にする。聴き込めば次第に見えてくる良さがあるのはどのようなジャンルでも同じだ…

フィクション性についての試論、(というか自分なりのまとめ)

なんか「フィクションとは何か」がよくわからんくなってきた。 論者それぞれ、捉え方が様々すぎるのでちょっと整理したい。 ただこの整理が正しいのかわからないし、整理されているのかも微妙。 むしろ、聡明なひとが粗捜ししてほしい。助けてーカシコイ人。…

想像的抵抗について

こないだの日記で触れた、「想像的抵抗Imaginative Resistance」という概念が分かりにくいと言われたので少し捕捉しとこうと思う。 想像的抵抗というのは、「非倫理的な命題(たとえば「嬰児殺しは善だ」という命題)を想像しようとしたときに、あまり想像力…

フィクションが現実の事件へもたらす影響について。

最近、猟奇事件をゲームや漫画などのフィクション作品に安易に連結する報道をチラホラ見かける。 「犯人は変な漫画読んでました!」って報道ですね。 ちょうど最近読んでいるいくつかの論文が、「物語のフィクション性が道徳や想像力とどのような関係を持つ…

 関西方面でちょっと議論になってるので、首突っ込む。

同志社の林田君(id:Arata)からトラックバックを送られていたのを、昨日飲み会で友人から指摘された。 いやー全く気づいてなかったです。 申し訳ない。 話題を振られたので、ちょっと書きます。 長いですけど、興味があるひとはよろしく。 関西方面でちょっ…

 思想家間言及データベース

が欲しい。 例えば、「サルトル→フロイト」で検索すれば、「『存在と無』84-89、502、503、611・・・ 『文学とは何か』・・・・」といったような形で、サルトルがフロイトに言及した箇所がぱっと出るようなデータベース。 俺が探してみた限りでは、海外にも…

『よつばと』のユートピア批評について

家庭教師の生徒(中2)から『よつばと!』を借りて読んだ。 以下、思ったことをいくつか書きますよ。(長いよ!しかもちょっと小難しい話。) 日常生活のほのぼのさを描いたマンガとしては、最高レベルだと思う。 ただ、『電撃王』という掲載紙の関係からか…

 履修不足問題について

履修漏れ問題について、ネットでいろんな意見が飛んでるが、 その大半は、 「補習に追われて受験前の生徒が可哀想だ」、とか 「今までズルしてんだから、しっかり授業受けろ」、とかで、結局は、この問題の責任が、国・学校側か生徒側かとして論じる意見ばか…