昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

飽きの現象学 2.1 感性‐飽きの二元論 the Aesthetic–Boredom dualism

●作品などによって心が動かされる体験を感性的体験とするならば、その対立概念は飽きである。
●しばしば、「美」の対概念は「醜」だと言われてきた。しかし、これは「美」をひとつの美的カテゴリーとしてみる場合に限る。この場合「美」も「醜」も、どちらも感性的体験という点では同じである。
●感性的体験、つまり心が動くという意味での「美」の対概念は「飽き」である。我々は完全に飽きている状態では、感性的体験をすることはできない。両者は相反する体験である。
●これを「感性‐飽きの二元論the Aesthetic – Boredom dualism」(仮称)*1と呼ぼう。

*1:他の候補としては、「美飽二元論」「感動‐飽きの二元論」「感飽二元論」などなど。つーか俺、ネーミングセンスが無い・・・。