昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

公開ワークショップ「美と行為」、2024年7月27日(土)

公開ワークショップをやります。

どなたでもご参加頂けます。



 

公開ワークショップ「美と行為」
日時:2024年7月27日(土)13:00-
場所:大妻女子大学 千代田キャンパス A棟 A450A464教室

 ※教室が変更になりました
https://www.otsuma.ac.jp/about/basic/access/chiyodacampus/
開催方式:対面形式(事前登録不要・参加無料)

主催・お問い合わせ先:森功次(大妻女子大学

 

 

プログラム

青田麻未

群馬県立女子大学 文学部美学美術史学科講師
「行為の美学としての日常美学:習慣をめぐって」
https://researchmap.jp/mamiaota09

銭清弘

相模女子大学非常勤講師
「美しくする、美しくやる:なにが行為を美的行為にするのか」
https://researchmap.jp/senkiyohiro

村山正碩

一橋大学大学院社会学研究科博士課程
ビデオゲームの表現力:『OMORI』におけるトラウマと行為者性の表現に注目して」
https://researchmap.jp/masahiromurayama

飯塚理恵

広島大学 学術・社会連携室未来共創科学研究本部 共創科学基盤センター 特任助教
アンチエイジングとしての美容実践:治療とエンハンスメントとトランスヒューマニズムの境界を探究する」
https://researchmap.jp/rieiizuka

難波優輝

会社員/立命館大学ゲーム研究センター客員研究員/慶應義塾大学SFセンター訪問研究員
「関係をフレーミングする:あざとくて何が悪いのか?」
https://researchmap.jp/deinotaton

 

 

趣旨文

 美学は伝統的に判断(judgment)・鑑賞(appreciation)を議論の中心に置きがちであった。しかし、近年の美学はその偏重を脱し、美的領域のより多様な側面に目を向けようとしている。本ワークショップではその中から、美的行為(aesthetic action)に焦点を当てる。

 わたしたちは日常生活の中でさまざまな美的行為を行っている。家具を選び、部屋を片付ける。外見に気を使い、ときに着飾る。場に応じて、あざとい表情をし、ぶりっこなふるまいをする。音楽を演奏・再生し、ビデオゲームをプレイする。子どもと折り紙を折り、絵を教える。わたしたちは美的なものを選択し、演じ、表現し、制作し、育てる社会に生きている。

 こうした美的行為は個性や愛を表現し、ときに他の行為を動機づける。美的行為の多くは人生の豊かさに向けて行われるが、美的行為は必ずしも人々の生を豊かにするわけではなく、ときに抑圧や社会的不正義を生む。

 美的行為とはそもそも何であり、何を表すのか。美的行為と美的対象の評価はどのように異なるのか。美的行為はどのように洗練されるべきなのか。美的行為は社会の中でどのような意義をもつのか。

本公開ワークショップでは、五人の提題者とともに美と行為の多面的な結びつきを再考する。

 

 

発表要旨

青田麻未「行為の美学としての日常美学:習慣をめぐって」

 2000年代以降、美学の一分野として定着した「日常美学」については、これを伝統的な美学と比較したときの特徴のひとつとして、「行為者中心」の美学であるという点がしばしば挙げられる。従来、美学においては芸術作品のような対象を私たち人間が観察するというモデルのもと、美的鑑賞についての理論構築を試みてきたと一般に理解される。これに対して日常美学は、掃除や料理など、日常生活のなかでの私たちの行為がいかなる意味で美的経験でありうるのかを検討することをその課題の一部とする。私たちは、鑑賞すること以外にも、事物に対して多様な行為を通じて美的にアプローチすることができるというのが、日常美学の根底をなすアイディアのひとつとなっているのである。確かに、料理をつくること、家を片付けてインテリアを整えることなどが美的な行為でありうるということは理解しやすい。日常のなかに、美的な行為が含まれているということは、もはや疑う余地のない事柄であるとさえ言えるだろう。したがって、日常美学にとって、この分野の存立にかかわるより重要な課題は、日常生活そのものの全体的構造自体に美的な性格が宿りうるのかという問いに対して、一定の答えを与えることにある。

 本発表では、この日常生活の全体的構造の美的な性格について考えるために、「習慣」の概念に注目する。習慣は、日々の生活のなかでもっとも基礎的で、平凡とも言える行為の集積であり、〈反復されること〉をその中心的な特徴として持つ。まず、習慣を類型化することから議論を始める。習慣のうちには、習慣を持つ当の本人からみて外的な要因(仕事や家庭生活など)によって課されているものと、当の本人が選び取っているものとがあるだろう。あるいは、外的な要因によって課されている習慣を、本人の努力や工夫によって、本人が選び取ったものであるかのように扱わっているものもあるかもしれない。このように、本人の意志とのかかわりにおいて、習慣の様態を整理することができる。次に、日常美学において習慣を扱っている重要な先行研究として、ジョン・デューイの『人間性と行為』(1922年)の論点を引き継ぐカッレ・プオラッカの議論を検討する(Puolakka [2018])。ここでは「メタ習慣」、すなわち習慣のありかたそのものを見直す習慣の存在が指摘される。このメタ習慣をめぐる議論と、先の習慣の様態の類型化を突き合わせることで、プオラッカの議論がカバーする範囲を明確に示す。そのうえで、先の類型化のうちプオラッカの論ではカバーされない部分を明確化し、そうした習慣の持つ美的な性格がいかなるものかを論じる。

 

 

銭清弘「美しくする、美しくやる:なにが行為を美的行為にするのか」

 なにが行為一般から美的行為を線引きするのか。本発表は、美的なものと形式の概念を結びつける古典的見解に基づき、美的行為を特徴づける。(1)行為の対象、(2)感性の行使、(3)美的評価からの動機づけが、いずれも美的行為をうまく線引きできないことは、興味深く、独特な仕方で美的と言える行為などないことを示しているように思われる。このような線引きの放棄に対し、私は美的行為を美的価値の担い手となる行為として同定するイージー・アプローチを提案し擁護するつもりだ。このアプローチに、美的価値についてのある種の形式主義を加えることで、美的領域に含まれる多層的な規範性について理解することができる。ときに、私たちにはアイテムから形式的欠陥を取り除く(すなわち美しくする)理由があり、ときに、その理由はさまざまな考慮事項によって拘束力を増す。しかし、より根底的な事実として、ある種の行為(演奏したり、発音したり、歩くこと)は、美しくなされなければならない。私たちに美への配慮があろうがなかろうが、私たちの美的行為は形式的欠陥を回避しなければならないのだ。

 

 

村山正碩「ビデオゲームの表現力:『OMORI』におけるトラウマと行為者性の表現に注目して」

 本発表は心の機微を表現するビデオゲームの力を主題とし、絵画や音楽、文学など、他の表現媒体と比較した場合のビデオゲームの独自性を浮かび上がらせることを目指す。私たちはさまざまな媒体を用いることで、さまざまな経験がどのように感じられるかを表現することができる。そして、何を表現するのが得意なのかは媒体によって異なるように思われる。たとえば、絵画は世界がどのように知覚的に現れるかを表現することが得意だが、音楽は感情の継起のダイナミズムを表現することが得意だと言える。では、ビデオゲームは何を表現することが得意なのだろうか。本発表では、インディーゲーム『OMORI』が実際にどのような手法を用いて心の機微を表現しているかを調査することで、この問題に取り組む。本作はトラウマを抱えた行為者の経験を多様な手法で繊細に表現しているが、そこでは、他の(より伝統的な)表現媒体にも見られる手法に加えて、ゲーム特有の手法も見られる。本発表がとりわけ注目したいのは、本作において主人公オモリが身を置く二つの場所、ホワイトスペースとヘッドスペースに見られるいくつかの手法である。それらは、ゲームは「行為者性のライブラリ」を構成するというC・ティ・グエンの理論に基づいて統一的に理解することができる。最後に、ビデオゲームは行為者が行為者としてもつ経験を表現することが得意である点に独自性があると本発表は結論づける。

 

 

飯塚理恵「アンチエイジングとしての美容実践:治療とエンハンスメントとトランスヒューマニズムの境界を探究する」

 本発表ではアンチエイジングという美の実践について、以下の角度から考察していく。まずアンチエイジングの医療化について検討する。近年、美容施術が健康被害の増加に伴いサロンから医療機関へ移行し、これにより、美容が医療の一部となり、医療機関での美容施術、美容医療が普及している。また、同時期に老化が治療対象として認識され、予防医学が発展している。次に、アンチエイジングをエンハンスメントとして理解していく。哲学では長らくエンハンスメントと治療の区別がなされてきた。アンチエイジングの実践はエンハンスメントの範疇にあるものが多いが、実際の美容医療ではそうした区別は用いられていない。むしろ医療機関で医療者の手によって行われるために「治療」と見なされ、宣伝されている。最後に、アンチエイジングをトランスヒューマニズム思想の一つとして分析したい。トランスヒューマニズムは、人間を超越する存在を目指す思想である。現代のトランスヒューマニズムアンチエイジングを重視しているが、その問題点について考察する。

 

 

難波優輝「関係をフレーミングする:あざとくて何が悪いのか?」

人間は人間を鑑賞する。その見た目の美しさだけでなく、振る舞い、性格、そしてお互いの関係性も。本発表では、こうした人間による人間の鑑賞実践を論じるために有用な「間柄フレーム」の概念を提案する。

アーヴィング・ゴフマンの「フレーム」概念(個人の経験や相互作用を理解し整理するのに役立つ認知スキーマや社会的に共有された定義)、青田麻未が論じる「フレーミング」概念(環境との関わりを構造化する枠組み)、そして和辻哲郎の「間柄」概念を統合し、親子、友人、恋人、同僚、教師と学生など、人間同士の関係の中で互いを鑑賞する際に用いられる認知スキーマや状況の定義づけを指す「間柄フレーム」概念を提案する。

間柄フレーム概念を具体化し、説明力を検証するために、森功次による「子育ての美学」を参照し、親子関係における独特の美的な味わいを論じ、アミア・スリニヴァサンによる「教え子と寝ないこと」における議論を手がかりに、教育関係と恋愛関係の美的な対立を論じる。

以上の議論を踏まえて、私は、適切な間柄フレームの実践がさまざまなタイプの人間関係の適切な鑑賞実践を維持するために美的に重要であると主張する。次いで、間柄フレームを誤用したり崩壊させたりすることから生じる美的問題、職業上の間柄を混濁させる「あざとい」振る舞いの美的な悪さを指摘する。

最終的に、本発表は、人間同士の関係における美的に意義深い実践を理解し、批判するために、間柄フレーム概念が重要であることを強調する。本発表は様々な社会的文脈における「人間が人間を鑑賞する文化」の基礎理論となる枠組みを検討することで、「人間の美学」を構築する。

 

趣旨文・要旨はこちらのpdfでもご覧になれます。
https://www.dropbox.com/scl/fi/gnw243vejie8yalm9apd4/pdf.pdf?rlkey=7qbego41lvunv1q2ejixo6cbf&dl=0

 

 

 

急に企画されたイベントなんですが、このテーマで話ができそうな人に声をかけたら皆さん快く引き受けてくださいました。ありがたい。登壇者5人のとても豪華なイベントになったと思います。

 

ツイッターではけっこう情報が拡散されたので、どれだけ人が来るかは読めません。

キャパ72名の教室を予約してるんだけど、足りるかちょっと不安です。

(広い部屋借りると教室使用料が跳ね上がるんですよね。困った。)

大学の学内イベントとして認められ、教室使用料がかからなくなったので、教室変更してもうすこし大きめの部屋にしました!やったね!

 

お手伝い人を雇う余裕はないので、案内の掲示とかはほとんど出さないと思います。

部屋番号とかは確認できるようにしておいてください。

 

 

 

「子育ての美学」で記事を、あと源河『「美味しい」とは何か』の書評を書きました

「子育ての美学」をテーマに『現代ビジネス』に記事を書いたのでご報告です。

 gendai.media

 

 

先日甲南大学で発表した話の一部を、少し変わったスタイルで書きなおしたものです。

https://morinorihide.hatenablog.com/entry/2024/03/12/151032

甲南大学のシンポジウムではやらなかった話として、記事の最後に「人生の意味」の観点からの話を少しだけ付け加えてます。アイデア段階ですが、最近はこういうことを考えています、ということで。

「子どものかわいさ」というのは美学・哲学の観点から考えるとけっこう面白いよ、という(どちらかというとアカデミックな人たちに向けての)メッセージを出したかったんだけど、意外とFacebookなどで子育て世代の友人たちから反響があった。

「子育ての美学」、他にもいろいろと論点があるので、そのうちまとめて本書きたい。

 

 

 

あと少し前になりますが、科学哲学会の学会誌に書評をひとつ書きました(pdfあり)。

【書評】源河亨著『「美味しい」とは何か:食からひもとく美学入門』、『科学哲学』56 巻 2 号 p. 111-115, 2023

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj/56/2/56_111/_article/-char/ja

依頼の分量を大幅に超過した原稿になったんですが、そのまま載せて頂けました。編集委員会に感謝。

批判的なことをいろいろと書いてますが、この本はとても良い本なので未読の人は早く読みましょう。めちゃ読みやすいので。

書評では、何かを「芸術だ」とか「美的なものだ」と主張するときにはどういう点に気をつけるべきか、というところをいくつか書いてます。美的経験論や芸術の定議論について授業するときに、参考資料として使ってもいいと思います。

 

 

 

 

その他、近況報告

  • 今年の夏は韓国に引率出張になりそうです。7月末~8月上旬。それまで集中的に韓国映画見るぞ。
  • 今年も「アートラボあいち」の大学連携プロジェクト「県芸・名芸・造形・学芸 夏休み連続講座」でレクチャーします。8月中旬予定。
  • 8月下旬に新潟大学で集中講義します。
  • 学内改組のため、9月に隣の校舎に研究室の引っ越しをしなきゃいけなくなった。パッキングがめんどい。
  • 10月にとある学会のワークショップに登壇することになったのでその準備をしないと。

九鬼周造記念シンポジウム 「愛と人生の価値」で「子育ての美学」という発表をします。

表題のとおりです。

甲南大学の吉川さん企画です。

源河さんは「結婚」と「不倫」の話で、僕が「子育て」、全体的なテーマは「愛と人生」という、なんか壮大なイベントになってます。

 

 

イベントの告知ページはこちら。

第5回九鬼周造記念シンポジウム 「愛と人生の価値」|イベント一覧|甲南大学 人間科学研究所

 

【日時】3月18日(月)14:00-16:00
【会場】甲南大学岡本キャンパス(18号館3階講演室)
入場無料(申し込み不要)。当日,会場まで直接お越しください。

提題
「結婚と不倫の道徳哲学」 源河亨氏(九州大学
「子育ての美学」     森功次氏(大妻女子大学

※発表タイトルは仮のものであり変更されることがあります。

【司会】吉川孝(甲南大学

 

以前、『美学の事典』に「子育てと美学」という項目を執筆しましたが、今回の発表はそれをふくらませた内容になります。そのうちどこかできちんと形にしたいテーマです。

 

 

 

 

その他の近況報告

  • 『対話型鑑賞のこれまでとこれから』の記録論集が9月に出ました。第6章「対話型鑑賞の功罪:美的知覚の観点から」を執筆してます。
  • いまは芸術的価値についての原稿を書いてます。おそらく来年に出る文化政策系の論集に載る予定です。
  • 「美的達成を反快楽主義の立場から再検討する:非エキスパートの教育という観点から」という課題名で科研費が通ったので、今後はしばらく美的教育の研究をします。
  • 1月末に下の子が緊急入院になって、一週間ほどつきそいで病院でずっと寝泊まりしてました。今は元気です。
  • 東大の銭清宏さんの博論審査に参加しました。とても良い博論なので、みんな読んだほうがいいと思います。
  • 2月は学生引率&学務でカナダ(トロント)とアメリカ(ポートランド)に行ってました。物価高すぎ。
  • 来年度も慶應の非常勤は継続です。あと夏は新潟大学で、冬はまた弘前大学で集中講義します。
  • なぜかよくわからないノリの結果、子供二人と一緒に坊主頭にしました。家が寺みたいです。