昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

ブックフェアの作り方:分析美学は加速した

 2015年に紀伊国屋書店の(今はなき)新宿南店で「分析美学は加速する」というブックフェアをやりました(9/8〜10/25)。
 記録HPはこちら(現在は解説文も全文公開されております)→ブックフェア「分析美学は加速する 美と芸術の哲学を駆けめぐるブックマップ最新版」


 このブックフェアにはいちおうプロデューサーとして関わったこともあって、終わったときは記録ブログを書こうとしてたんだけど、結局我が家に第一子が生まれたりしてバタバタしているうちに機を逸して、その後記録を残さずじまいになってました。
 ただこのブックフェアがけっこう成功してたこともあって、「ブックフェアってどうなの?どうやってやるの?」的な質問は今もたまにもらうんですよ。なので、あらためて記録残しとこうかなーと思い、本エントリを執筆する次第。このエントリ長いです。


 はじめにひとつ注意をしておくと、自分はちょっと一回ブックフェアやっただけだし、他のブックフェアの内実とかあまり知りません。なので以下の記録から何か普遍的な成功法則を学んだり、というのは無理だと思います。あとこのブックフェアは大勢の人がかなり労力をかけた、ブックフェアの中ではどちらかというと異例のものだと思います。ふつう、書店開催のブックフェアというのものは、ここまで力入れてやらない。
 以下の記録はそのことをふまえて、あくまでブックフェア作業の一例として読んでもらえればと思います。
ただ最近ブックフェア流行ってますからね。こういう経験談は公開して、ノウハウ共有してったほうがいいと思うんですよ。なので以下の記録の第一目標は、今後ブックフェアやる人のための記録を残す、というものです。


以下、日記調で書いていきます。



2015年6月24日 依頼
 勁草書房の編集者の方から「分析美学でブックフェアやりませんか」という話を頂く。
 2013年刊行の『分析美学入門』が高値の割にはけっこう売れてたし、9月末には『分析美学基本論文集』出るし、いっちょブックフェアでもどう?という提案でした(かなり意訳して書いてますが、勁草書房からは丁寧な依頼文をペーパーで頂いています)。まぁその少し前にやってたルーマンブックフェア(3/20〜5/6)で何故か『分析美学入門』が予想外に高い売上を叩き出してましたので、企画者&書店側が「次は美学で行けるんじゃね」と考えたことは十分に予想できました。
提示された主な条件は

  • フェアのコンセプトやタイトルなどは全面的にお任せ
  • 100冊上限で選書して(うち半分までは洋書可)
  • 7月中旬までに洋書選書締め切り、8月上旬までに和書選書締め切り、8月下旬までにブックガイド解説文締め切り。

といったところ。
 なお、この時点で提示された謝礼金は「お年玉以上、ご祝儀以下」くらいの額でしたが依頼書には「売上次第でこれに上乗せすることも考えております」と併記されておりました。ほほう(キラーン)。*1


同日〜数日後 作戦会議
 打診をもらったときは、「分析美学でブックフェアするっつってもさぁ、分析美学の和書なんてほとんど無いじゃん」ということで一瞬迷ったんですが、こんな貴重なアウトリーチ活動のチャンスはそうそうないので、引き受けることそれ自体は即決で返事。美学というマイナー学問を宣伝するチャンスや!やるしかないんや!
 すぐさま協力してくれそうな友人たちにコンタクトを取り、作戦会議的なMLを立ち上げる。MLには解説文を書けそうな美学研究者以外にも、「アカデミック業界のフィクサー」のような方数名に、アドバイザーとして入ってもらいました*2
 基本路線は「分析美学を推しつつ美学全体の宣伝をする」という方針で行くことに決定。メインターゲットは「美学に興味を持ち出した学部生」「美学の隣接分野の専門家」に。こうした人々に美学の面白さを紹介しつつ、こんなトピックがありますよ、この本から入るといいですよ、と案内するガイドブックをつくろう!というのが狙いです。
 このあたりでブックフェアのHPも作れることになったので、「んじゃ、ブックフェア後も残る参照価値のある資料をつくりましょう」ということになりました。最終ゴールが「本を売ること」ではなく、「今後も役に立つ資料を作ること」にスライドする。


執筆者への依頼
 ブックガイドの章立てを「美学入門」→「分析美学概説」→「分析美学の各トピック」という流れとすることに決定。細かな専門トピックについては、それを専門に研究している人にそれぞれ選書&解説文をお願いすることにしました。分析美学を研究している人は若手の人(それも話の分かる人)が多かったので、依頼はしやすかったですね。皆様寛大な心で引き受けてくれる。ありがたや。
 ただ若手だけでは、知名度的にも内容的にも不安の残るところはあったので、幾つかの大事なパートの解説文は偉い長老的な先生にお願いすることにしました。ただ、なにぶん美学業界としてはあまり前例のない試みでした(し、金にもならん仕事です)ので、断られるリスクも十分にありました*3。幸い西村清和・小田部胤久の両先生がすぐお引き受けくださったので、「美学の基本書」「分析美学史」の項目をお願いしました。ありがたい、ありがたい。こういうデカい話はやっぱ大先生に書いてもらわないとねぇ。


 選書テーマとなる専門トピックとして何を立てるかは、本を選びながら調整しました(というか作業するうちにトピックがどんどん増えていった)。この項目決めは最初から確定せずに、フレキシブルなままでいたほうがいいと思います。解説文執筆者・選者にとってやる気の出るやり方が一番。


 あわせて、選者以外にも、重要本に「ひとこと推薦文」を書いてくれる人を探して、書店に飾る「ポップ文」をお願いしました。ポップ文執筆者は、フェアに広がりを持たすために、あえて分析美学を専門にしてない人たちに依頼。たとえば『分析美学入門』の推薦文をお願いしたのは、『美術手帖』芸術評論募集で第一席をとったgnckさん。激かっこいい推薦文を頂きました。 *4


本のセレクト
 その後は出版社から提示されたスケジュールをもとに、洋書の選書→和書の選書→コメント執筆、という流れ。ここではgoogle docsでリストを情報共有し、皆で本を紹介し合いながら作業を進めました。
 詳細スケジュールはこんな感じ。

  • 7/17金 洋書リスト締め切り
  • 7/27月 洋書リスト最終締め切り
  • 8/10月 和書選書締め切り
  • 8/20木 解説文締め切り
  • 8/24月 執筆者プロフィール締め切り

 開催場所が充実した洋書コーナーをもつ(今はなき)紀伊国屋新宿南店だったので、「選書の半分までは洋書でいいですよ」とあらかじめ言われていました(というか新宿南店の洋書コーナーの宣伝もフェアの目的だった)。ただ依頼時に、「洋書は返品が難しいので、リストに入れても実際に書棚に並ぶかはわかりませんよ、仕入れるかどうかは書店の人判断」とも言われてましてね。本を選ぶさいには「これは本当にオススメ」洋書と「とりあえず入れとくか」洋書を別枠で選び、オススメ洋書を基本的に仕入れてもらう、というやり方をとりました。それでも最終的にはけっこう並べてもらえたと思います。紀伊国屋さん頑張った。(このとき内心では「いや、これは売れんやろ…」という本もそこそこあった。いくつかは売れたのでびっくりしたけど。)


ブックフェアのタイトル決め
 ブックフェアのタイトルを何にするかは、けっこう皆で悩んみました。ここでもgoogle docsで意見共有しつつ、ブレスト的に皆で候補挙げていく作業。「ダントー怒りの美学」などふざけたタイトルなどもバンバン挙げながら、最終的に300近く案が挙がってました。最終案出すまでは結構時間的に余裕あったので、みなでワイワイと相談できたのは良かったです。この頃は楽しかったなぁ……(遠い目)。
 相談に相談を重ねて、迷いに迷って、最終的には「分析美学は加速する」というタイトルに行き着いたけど、結果的にはこのチョイスは成功だったと思います。一時美学関係者のあいだでは「加速する」が流行語になってました。


ブックガイド冊子を形にするまで
 ブックガイドの編集作業は基本的に勁草書房の営業の方がやってくださったんですが、選書後の校正は結構大変でした。誤字脱字とか書誌情報のミスとか、けっこうあるんですわ。HPも同時につくってたから、そちらはブックガイドと同様の校正作業に加え、リンクは正しく貼れているか?、画像は合ってるか?、とかのチェックもある。皆で見ていても結構見逃すんだよね。ブックフェア開始後もいくつか誤植見つかった。
 なおこのあたりの最終確認時期は、MLでメールが飛び交います。こういう作業が苦痛なひとは、けっこうこの時期辛いと思います。まあ論文や出版のさいの校正作業と一緒なんですが。


HPでの情報の出し方
 皆で悩んだのが、HPでどれくらいのペースで情報を出していくか。「最終的には全解説文を公開する」というのは当初から決まってたんですが、「最初から情報全出ししちゃうと書店に客が来なくなっちゃうので困るよー」と出版社の方に言われまして……。どのくらいのペースで情報出すかはけっこう悩みました。執筆者の意見もかなり様々。ほかの先輩や一般人の友人などにもいろいろ相談してみたけど、みんな全然意見違うんですわ。このあたりはセオリーとか無いし。そもそも人文系研究者なんて世間的にはマイノリティであり、自らもマイノリティであることを自覚している人たちなので、「どうやったら一般の人々が書店に行きたくなるか」について誰も確たる直観をもってないんだよな。
 最終的には

  • 最初に数トピックを公開
  • その後、1,2週ごとに追加で情報を公開
  • ブックフェア終了時にはだいたい半分程度の情報がwebで見れるようにする
  • フェア後も少しずつ公開していって、年末までに全公開

というペースで情報公開することに決定。*5


フェア開始時の宣伝
 フェア開始直前から、紀伊国屋HP、勁草書房HPなどで情報を出すと共に、各自SNSで宣伝。8月下旬くらいから少しずつ情報出して、9月上旬にHP公開。
 HP公開時に「はてなブックマーク」で一気に100以上ブクマついて、ホットエントリ入りしたのは良かったです。美学関係者以外の多くの人に「なになに? 分析美学、流行ってんの?」みたいな「加速感」をもってもらえたし、出版業界の人たちに注目してもらえたのも良かった。


フェア開始後
 フェア開始後は、紀伊国屋の販売システムのおかげで、毎日何が何冊売れたといった報告をもらえます。これが面白い。へー、これマジで売れたんですかー、みたいな。逆に、これ良い本なのに何で売れないのかね、というのもあるけど。
 洋書はシステム上、すぐに仕入れることはできないので、売れたらそのまま売り切れでした。開始すぐに棚から無くなったりしたのもあって、少しさびしい。他方、和書は売れたらすぐに出版社の人が持ってきてくれたりして、売り切れ状態が続くことはあまりなかった気がします。特に企画側の勁草書房は再入荷の動きがかなり早かった気がします。流石。
 あと書店・出版社の方々のご尽力もあって、絶版書やレア本を倉庫からひっぱり出してきて並べてくれたことはありがたかったです。レア本は並んだ瞬間売れたりもしましたが、とはいえ集客のネタにはなりました。客側にとっても、ふつう手にとって見るのが難しい本を現物確認できるのはブックフェアの良いところ。


フェア拡大
 フェア開始後の動きが結構良かったので、紀伊国屋さんの寛大なはからい(と、おそらく勁草書房さんの営業努力)で、フェア四週目から棚を拡大してもらえることになりました。並べられる本が倍に! わっしょい。
 よって、あわてて選書をいくつか追加するとともに、トピックも「美的経験・美的判断・美的価値」を追加。あわてて執筆文を書くことに。まぁもともとの選書段階で削った本も多かったので、それを追加したりすることで選書はそんなに苦労しなかったけど、それでもこのときの選者の人たちの素早い対応はよかった。みな仕事早いんだ。


ブックフェア終了
 最終的には人文書のフェアとしてはかなり予想外の売上を叩き出したらしく、当初の謝礼金にかなりボーナス金をプラスしてもらえました。ありがたや、ありがたや。謝礼金は執筆者たちのあいだで執筆項目数で割って分配。謝礼を辞退してくださった偉い先生の分は、打ち上げに突っ込みました。


コメント

  • ブックフェア自体の売り上げは、いうても単一書店の売り上げなので、そこまで莫大な金が動くわけではない。盛り上がったとはいえ、所詮人文書である。『ワンピース』とか村上春樹とかのほうが、ぜんぜん金は動く。もやもやしますよね。
  • ただ、宣伝のやりようによっては地方の人達にも情報が伝わるので、この分野に目を向けてもらうきっかけとしてはいいと思う。その意味でもwebページ作成は重要だろう。
  • ブックフェアは、やり方次第ではアウトリーチ活動としてかなり良い効果を生むと思う。業界外の人に興味をもってもらう機会として、大型書店が場を提供してくれるなんてそうそうない*6
  • とはいえ、ひとつ指摘をしておくと、研究者がブックフェアなどの販促活動にどれくらい労力を割くべきかは難しい問題だ。たしかにアウトリーチ活動は大事だし、業界を盛り上げるのも大切なことだろう。それが回り回って自分の研究に役立つこともある。ただその時間を論文執筆や読書に回すほうが、研究にとってもっと直接的な効果あるんじゃないの……?。
  • 自分としては楽しい思い出になったし、いろいろとアピールもできたので良かった気もするが、本当にこのブックフェアをやることが正解だったのかは未だに自信がない。そういう意味で、「本出す人はブックフェアやったほうがいいよ!」と強く言うつもりはまったくない。各自よく考えましょうね、としか言えない。
  • しかしいまだに自分でも答えが出ないのは、「結局ブックフェアって誰がやるべきなのか」問題。常勤の先生? 若手の院生? ポスドク? ここは業界の大きさやら、各人の時間価値やらいろいろ絡むので、複雑だ。「なんで身分不安定のポスドクが研究時間削って業界の宣伝しなきゃならんのだよ!」という気持ちはあるが、偉い先生はもっと忙しいですからねぇ。

おわり。

*1:ただ後々いろいろお話を伺うと、たいていのブックフェアは無償で行われている模様。ブックフェア企画で謝礼金出してくれるようになったのは、ルーマンブックフェアの成功のおかげだろう。

*2:この時点でルーマンブックフェア・プロデューサーの酒井さん@contractioにコンタクトを取っておいたのは非常によかった。

*3:なので、このときは断られた時の事を考えつつ、依頼する順番を調整したり、時間軸をずらしたりとか、ちょっと気を遣った…。

*4:ポップ文も記録ページで見れます。

*5:とはいえ、フェア開催中は営業戦略上「そのうち全文公開しますんで!書店に来る必要ないよ!」と大っぴらには言えない。これはつらかった。地方の人が「くそう行けねーよ」とか「遠くから来ました!」とかTwitterでつぶやいてたときは、罪悪感あった。

*6:この点については更なる裏話(愚痴)もあるんだが、まぁここに書くような話ではない