昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

人文系院生・ポスドクの(ちょっと変わった)サバイブ術

西村玲さんについての記事がすこし話題になってたこともあって、以下のようなツイートをしていた。

 

 

 

 若手研究者問題は世間的にも広まりつつあるし、ほんとうにどうにかしなきゃいけない問題だとつねづね思っている。残念ながら、とても優秀な後輩に対しても「まぁなんとかなるから進学しなよ」とは言い難いのが現状だ。

 

 ただ、ポスドクの生き方を「アカポスゲットかコンビニバイトか」みたいな二分法で捉える見方が世間に広がりつつあるのにはちょっと反対したい。院生・ポスドク時期には、皆けっこう工夫してお金を稼いでたりするんだよね。

 あと、なんだかんだいって優秀な人が多いので、おもしろエピソード多い(「それはアナタだからできたんであって、普通の人は無理ですよ」みたいな話も多いが)。

 

 

 というわけで、とりあえず自分が知っている(聞いた)生き延び方をいくつかまとめておく。こういう情報は人づてにはいろいろと聞くんだが、プライバシーの問題もあってあまりおおっぴらに語られることもないよな、と思うし。

 進学を考えている人にとっては、なにか参考になるかもしれない。

 ただもう一度言っておくと、こうしたサバイブ術には運や出会いなど偶然的要素が多分にからむので、せいぜいおもしろエピソード的に読むくらいのほうがいいと思う。

 

 

 では、いくつか紹介を。

 

塾(寺子屋)を開く

  • 塾講師、家庭教師は院生・ポスドクの常套手段だが、それをさらに発展させて、生徒を集めて寺子屋を開くという手がある。公民館などの会議室を借りて、そこに数時間人を集めて子供の勉強を見るわけだ。院生仲間が数人あつまれば、そこそこの数の子供を見れるし、個別指導も丁寧にできる、あと時間の融通も効く。
  • メリットは塾講師なんかよりずっと高給になること。生徒側の負担も安くできるので、うまくいけばwin-win関係を築ける。
  • 親御さんからの信頼を勝ち得たら、別途、家庭教師の仕事をもらえることも。

 

図書館司書・事務員

  • 大学図書館の業務は院生のいいバイト先。
  • 専門図書館だとほとんど人は来ないので、いい読書時間になることも。
  • 所属大学の図書館だと、通勤時間がかからないのもメリット。

 

研究委託

  • とある先生(研究室)から資料整理などのかたちで仕事をもらっている院生もいた。
  • こうした仕事をもらえるかどうかはほんとうに人によるし、下手したらパワハラの温床にもなりかねないのでいろいろとアレだが、それでも低賃金のバイトに時間を取られるよりはいいかもしれない。
  • あと学会事務局をやっている研究室であれば、そこから派生する学会事務仕事があったりもする。これは場合によってはそれなりの収入を生む。
  • 博論提出して学生の身分がなくなったあとでも、研究室事務員のようなかたちで教職員身分をもらえると、図書館・データベースなどの資料アクセス権がキープできる。

 

翻訳

  • 学術翻訳で稼ぐのはほぼ無理だが、商業出版のほうでうまく仕事がみつかれば、それなりの収入を得ることができる。
  • 翻訳すべき本を探すための下読み仕事、みたいなのもあると聞いたことがある。
  • 学術出版でも、依頼翻訳のかたちで驚くほどの翻訳料がもえることもあるらしい。
  • あと翻訳は、うまくいけば口コミで芋づる式に依頼が来る。とある遺族から「死んだ娘が外国語で書いた論文を翻訳してほしい」みたいな高額依頼もあったり。
  • 著作権料がかからない有名論文を翻訳してnoteで売るという手もある。小遣い稼ぎにはなる。

 

大学職員

  • ポスドク研究者を教育支援系部署で職員として雇用する、という話は最近よく聞く。どの大学もFDに力を入れる時代だ。
  • 教育支援系の仕事は、もとの研究分野と直結する仕事ではないかもしれないが、スキルを十分に生かせる仕事だし、職歴にきちんと書けるというメリットもある。
  • あとポスドクという身分に理解もあるので、他大学での非常勤講師の仕事を認めてくれたりもする。

 

  • リスクあるし、下手したら研究時間を大幅に削られるのであまりおすすめはしないが、株やらFXやらで学費を稼いでいる人がいた。その子は一時期「アベノミクス最高よ!」と言っていたが、、、

 

治験

  • 治験はバイトではないが、それなりの金額を得ることができる。
  • しかも入院中はそれなりに時間の融通がきくので、読書・研究が可能。最近はけっこう設備もきれいになっているらしく、規則正しい生活ができ、栄養ある食事が摂れる点など、利点も多い。
  • ただ、一定期間入院しなければならなかったりするので、授業や学会と重なる時期はちょっとやりづらい。あくまで副収入の手段か。

 

ポスティング

  • マンションとかの郵便受けにチラシを入れるアレ。
  • Podcastやaudibleなどを聞きながらやると一種の研究時間にもなるし、運動不足解消・引きこもり防止にもなる。
  • 時間の融通はめっちゃきく。生活リズムがめちゃくちゃの人にはいいかも。

 

議員秘書

  • 研究に理解ある先生に出会えれば、私設秘書になるというやり方がある。「いろんな分野の情報をまとめて良質の文章をすばやく書ける」という人文系研究者の能力は、議員秘書としてはけっこう重宝される。
  • きちんと仕事をすれば、公設秘書への誘いも(公設秘書になると、もはや研究はできなくなると思うが)。
  • メリットはいろんな業界の人と出会えるので、社会勉強になること。研究の幅が広がるかも。
  • 選挙時期と重なると、かなり忙しい。
  • ブラック体質な事務所も多い。

 

民間就職

  • 院進したからといって、アカポスにつかなければならないということはまったくないし、今は修士・博士号保持者がどんどん活躍してる時代。
  • 修士出て民間就職した先輩のなかには、大学院を出て数年後には「もう教授数人分くらいは稼いでるよ」と言ってる人もいた。うらやましい。
  • 最近は企業に務めながら学会発表してる人もめずらしくなくなってきた。民間就職するからといって研究生活が閉ざされるわけではないのだ。ぶっちゃけ無給・薄給の研究員として年数十万の科研費とるよりも、民間就職したほうが研究に割けるお金は多いのではないか。

 

 

 

 ひとまずこんな感じ。

 ここに書いたのはおそらく序の口で、探せばもっと驚きのサバイブ術はわらわら出てくると思う。

 とはいえ、まわりの院生・ポスドクの仕事をみるに、やっぱり数としては塾講師や企業でのアルバイトが多いと思うし、それが常套手段だろう。このエントリではただ「他にも選択肢はいろいろあるよ」というのが言いたかっただけ。

 

 前々から思っているが、人文系院生・ポスドクは能力と賃金のミスマッチがとてもひどいところなので、優秀な人材の草刈場としてもっと注目されていい。「優秀な人材を短期間、お手頃価格で雇いたい」みたいな需要に応えられる「掘り出しもの」人材は、まわりを見てていても結構たくさんいる。

 

 もちろん、上で書いたようなやりかたが、はたして研究者としての生き方として良いものかどうかはまったくまったく明らかではない。小手技の賃金稼ぎをするよりも、国費留学や留学支援金をゲットして海外に行くとか、安定した給与付き研究員になってガシガシ研究するとかしたほうが、確実に研究は進む。

 

 とはいえ、研究だけが人生ではないし、いろんな生き方があっていい。なんとか生き延びつつ、たまに地道で良質な研究をそっと出す。そういう研究者人生もあっていい。

 

 

 

『フィルカル』Vol. 4, No. 1掲載、ドナルド・ジャッド「特種な物体」を読むためのリンク集

今をときめく哲学&文化誌『フィルカル』の最新号が出ました。

なんと大増量の436頁で2000円しない。お買い得すぎる。

 

 

 

詳しい目次はこちらでご確認どうぞ

http://philcul.net/?p=808

 

昨年大妻女子大学で開催したワークショップ「ネタバレの美学」の報告文も載ってます。副編集長の佐藤さんが7頁もの報告文を書いてくださっています。ありがたい。

 

 

で、ここからが本題です。

今号にはドナルド・ジャッドの有名な論文"specific objects"(1965)の翻訳も載ってます(河合大介訳)。現代アート関係者にはありがたいですね。

 

この論文、原著論文には作品画像が添付してあって、それなりに読者フレンドリーなんですが、翻訳だとさすがに作品写真は載せられず(現代アートの写真は掲載料高いので)、せめてもの対応策として、河合さんは作品画像を見るためのurlを注に書いてくれています。

 

で、す、が、、、紙媒体にurl貼られても、リンク先に飛べませんよね。めんどくさ。

 

 

ということでリンク集をつくりました(注に書いてあるのそのまま並べただけ)。

以下、読みながらお使いください。

 

注2 Roy Lichtenstein, Girl with Ball (1961) , The Museum of Modern Art, New York.

 [ https://www.moma.org/collection/works/79665 ]

注3 Richard Smith, Quartet (1961), Walker Art Center.

 [ https://walkerart.org/collections/artworks/quartet ]

注4 Phillip King, Rosebud (1962), The Museum of Modern Art, New York.

 [ https://www.moma.org/collection/works/81169 ]

注5 John Chamberlain, Essex (1960), The Museum of Modern Art, New York.

 [ https://www.moma.org/collection/works/81285 ]

注6 Frank Stella, Six miles bottom (1960), Tate.

 [ https://www.tate.org.uk/art/artworks/stella-six-mile-bottom-t01552 ]

注7 Lee Bontecou, Untitled (1961), The Museum of Modern Art, New York.

 [ https://www.moma.org/collection/works/81442 ]

注8 Claes Oldenburg, Dropped Cone (1961), The Museum of Modern Art, New York.

 [ https://www.moma.org/collection/works/81461 ]

注9 Claes Oldenburg, Bedroom Ensemble (1963), National Gallery of Canada, Ottawa. 画像は、以下のページのfig.8などで見ることができる。

Richard Shiff, ‘Judd through Oldenburg’, in Tate Papers, no.2, Autumn 2004, 

 [ https://www.tate.org.uk/research/publications/tate-papers/02/judd-through-oldenburg ]

注10 Claes Oldenburg, Floor Burger (1962), Art Gallery of Ontario, Tronto.

 [ http://imagelicensing.ago.ca/emuseum/objects/47906/floor-burger ]

注11 Claes Oldenburg, Soft Light Switches (1964), Coutesy Claes Oldenburg and Cossje van Bruggen. 画像はShiff 2004のfig.1を参照。

 

以上です。

 

 

ネタバレワークショップの発表内容を論文化したものは、フィルカル次号(6月発売予定)に掲載予定です。乞うご期待!

慶應「分析美学概論」(木2)のシラバス

 慶應でやってる非常勤、昨年までは英語論文を講読する形式でやってたんだけど、今年は契約上最後の年なので、ちょっと趣向を変えて「分析美学概論」という形でやることにした。専任の先生とも少し話した結果、概論的な授業もちょっとあったほうがいいのかな、と思った次第。

 内容としてはこれまで各地でやってきた授業のブラッシュアップ版になると思うけど、いちおう専門向けの授業なので、レベルは少し上げるつもり。

 

 慶應シラバスは学外者には各回の授業計画が見れない形になってるので、こちらにも貼っておく(外部向けメモも兼ねて)。

 解説や質問への応答などやってたらいろいろ時間食っちゃうので、シラバスどおりに授業が進むことはおそらくない。いくつかのトピックは削ることになると思います(というか、毎年そうなってる)。

 

 

2019春

  1. イントロダクション/文献の探し方/履修者の関心の調査/美学とは何か、そして分析美学とは何か
  2. 芸術の定義1:定義とは何をすることなのか/artsとart/伝統的な芸術理論/単純な機能主義
  3. 芸術の定義2:ワイツの懐疑主義と制度論の発展
  4. 芸術の定義3:現代における芸術理論の展開/the theory of artからtheories of artsへ
  5. 芸術批評の哲学1:芸術批評とは何をすることなのか/批評のための基礎作業
  6. 芸術批評の哲学2:芸術のカテゴリー/medium specificをどう理解するか
  7. 芸術作品の存在論1:同一性条件と持続条件
  8. 芸術作品の存在論2:贋作の評価
  9. 美的なもの(the aesthetic)1:伝統的な美的判断/カント『判断力批判
  10. 美的なもの(the aesthetic)2:フランク・シブリーの美学
  11. 美的なもの(the aesthetic)3:美的証言は判断の根拠となりうるか
  12. 環境美学1:ロナルド・ヘプバーンとアレンカールソン
  13. 環境美学2:『プラスチックの木で何が悪いのか』
  14. 作者の意図と解釈

 

 

2019秋

  1. イントロダクション/文献の探し方/履修者の関心の調査/美学とは何か、そして分析美学とは何か
  2. フィクション1:フィクション執筆とは何をすることなのか/ウォルトンのメイクビリーブ理論
  3. フィクション2:フィクションのパラドックスについて
  4. 画像と描写1:描写芸術の記号システム/画像知覚の理論
  5. 画像と描写2:うちに見る(seeing in)という考え方
  6. 芸術的価値1:本質主義多元主義
  7. 芸術的価値2:芸術的価値と芸術形式の価値
  8. 不道徳作品の価値:倫理主義・唯美主義・不道徳主義
  9. 不道徳作品の価値:表現規制
  10. ジェンダー美学1:なぜ女性の大芸術家は存在しなかったのか
  11. ジェンダー美学2:ポルノの悪と表現規制
  12. 作品の表出性:悲しい音楽の「悲しさ」とは/類似説・ペルソナ説
  13. 文化的盗用1:文化的盗用の分類
  14. 文化的盗用2:文化的盗用にはどのような悪さがあるのか

 

 

授業の参考資料としてのリーディングリストを作成し、公開しています。
意欲旺盛な学生は、学期が始まる前にこちらを利用して予習してください。
http://d.hatena.ne.jp/conchucame/20181218

 

 ※2019年度の授業「分析美学概論」は4/11(木)より開始、
 木曜2限(10:45~)@教室番号354 (大学院校舎5F)です。