昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

三浦俊彦『東大の先生 超わかりやすくビジネスに効くアートを教えてください!』を読んだ

 

 読んだ。

 

 今年度は「アート思考ブームの教育的意義を美学の観点から検証する――創造性、独創性、自己啓発」という研究課題で研究費をとってるので、とりあえずいろいろアートビジネス書系の本を読んでいる。これ系の本はたいてい「アート」という言葉を無造作にふりまわす雑な議論のオンパレードなので、読むのがとてもしんどい。自己啓発書研究で有名な牧野智和さんも、一時期自己啓発書を読みまくったらしいけど、それに似た地獄観がある。

 

 以下、感想。

 

 まず良いところ。

  • イラストがかわいい
  • 色が付いてるのでカラフル
  • すぐ読める

 

 とにかくとても読みやすいデザインなので、編集者の能力はとても高いと思う。

なお中身のデザインは、この記事ですこし見ることができる。

prtimes.jp

要は、対話型アフィリエイト記事っぽいデザイン。

 

 

 話の中身としては、芸術の「脱現実」機能をやたらと推していて、しかも「アートの純度」という謎の評価軸を重視している本であった。

 なんでこんな偏った、しかも古臭い芸術観を出してきたんだろうか、と思いながら読んでたんだが、とくに論拠は出てこなかった。別に「自分はそういう立場です」というスタンスであれば止めないんだが、「芸術哲学者はこう考えるんですよ」みたいなニュアンスで話されると困る。

 あとこの本は全体的に不正確な単純化と雑な論拠づけであふれていて、その点では、よくできたアフィリエイト記事よりもたちが悪いなと思った。「しろうとにわかりやすく」が間違った方向に展開されている。

 

 

 以下にいくつか気になった主張を挙げておくので、このあたりの主張を読んで、ビビッときた人は買うといいかもしれない。(数字はページ数)

  • 「デザインは人の生活に入り込むもの→実用的」「アートは人の生活から切り離されたもの→非実用的」30
  • 「アートは基本的に「視覚」と「聴覚」だけで「触覚芸術」「嗅覚芸術」「味覚芸術」というものはないんです。なぜならアートは現実から切り離されたものだから。」64
  • 「アートの世界における「美」は、権威のある人に定義づけられている」79
  • 「モテるためにアートが生まれたというのが定説」107
  • 「創作熱心なのは男、鑑賞能力が高いのは女」112
  • 「歴史を振り返ってもアーティストは圧倒的に男性が多いんです。絵画にしても、作曲にしても、小説にしても、作者は男性ばっかり」112*1
  • アートは純度が高いほうが評価される。小説に挿絵がないのは「挿絵を入れた瞬間、アートとしての価値が下がるから」。216

 

 

まとめ

  • 美学・芸術研究者は、買っても時間とお金の無駄なので買う必要はない。
  • アートについて学びたい人は、偏った見方を得ることになるので、注意して読むべき(精確な知識を期待してはならない)。
  • 学生はこの本を典拠にレポートを書いてはいけない。(そもそもレポートにつかう本は、参考文献をきちんと示している本にしましょう)。

 

 もっとも、自分のような美学研究者はおそらくこの本の想定読者層ではないんだが、では、この本はどのあたりの読者層に勧めるべきなのか、と考えてみたがなかなか思いつかなかった。

 「アートは純粋な方が価値が高い」とか「アートは日常から逃れさせてくれる」みたいな考えが好きな人で、「東大の先生」のお墨付きが欲しい人は買ってもいいかもしれない。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%A9%E5%A8%81%E3%81%AB%E8%A8%B4%E3%81%88%E3%82%8B%E8%AB%96%E8%A8%BC

 

 

*1:このあたりの話をするときに、ノックリンなどのフェミニズム美術史にまったく触れないのは悪。