昆虫亀

森功次(もりのりひで)の日記&業務報告です。

ウィムザット&ビアズリーの「意図の誤謬(The Intentional Fallacy)」の翻訳が出ました&訳で気になったところ

いまや美学・哲学研究者たちの間では、目を通しておかなければお話にならない雑誌とも言われる『フィルカル』。
その最新号にウィムザット&ビアズリーの「意図の誤謬(The Intentional Fallacy)」の翻訳が載っております(河合大介訳)。

amazonなどでは買えません。入荷している一部書店か下記のホームページから入手しましょう。
Vol. 2, No. 1が刊行されます。 | フィルカル

【追記】Amazonでも買えるようになりました。


美学業界のみならず、文学研究や批評業界においても超重要文献となっているこの論文ですが、難解なので皆敬して遠ざけていたのか、これまで翻訳が出ておりませんでした。
このたびようやく訳されたことは、非常にめでたいことです。衷心よりお慶び申し上げます。
河合大介さん超偉い。
みんな感謝しよう。


「意図の誤謬」って作品解釈に著者の意図つかうなって言ってる論文でしょー、というところまではけっこう有名な話で、この論点自体はいろんな本でも引かれてるのですが、お前らちゃんと元の論文読んだのか、と問い詰められるとちゃんと読んだことある人結構少ないんじゃないですか。どうですか。
みなさんこれを機に、もういちどじっくり読みましょう。


ビアズリーのこの論文はあくまで出発点に過ぎず、これ以降「意図と解釈」を巡る論争はどんどんややこしくなっていくわけです。まずは「この論文で主張されていることがどれくらい強い主張なのか」といった点はキチンと抑えておかなければなりませんし、そこから「ビアズリーたちの出している論拠はどれくらい妥当なのか」という検討に踏みこもうとすると、けっこう難しい議論になっていきます。
結局、批評とは何なのか、芸術解釈とは何をやることなのか、といったさらなる議論に踏み込まざるをえない。
この議論の広がりぐあいは、「意図と解釈」のトピックの面白いところです。


この翻訳を機会に、こういう議論が盛り上がるといいですね。



あと読んでいていくつか訳で気になったところがあったので、ファイルにまとめました。
暇な人はご一読ください。
ウィムザット&ビアズリー「意図の誤謬」の訳で気になったところ
(※2022年8月27日、ファイルの場所をリサーチマップ上に変えました)


※いくつか誤訳も指摘してますが、こうした誤訳の指摘ってのは多分に「岡目八目」的なところがあるので、その分差っ引いて理解して下さい。訳者の努力に比べれば、貢献度は非常に些細なものです。偉いのは訳者。
河合さんの訳も、随所随所でとても参考になる上手な訳を作ってるので、興味ある人はじっくり原文と照らし合わせながら読むといいと思います。原文はネット上に落ちてる。
あと河合さん、いろんな文学批評の既訳もちゃんと調べてて、そこも偉いなーと思いました。尊敬。